餘部鉄橋ツアー

 
兵庫県美方郡香美町香住区余部 map
2006年8月5~6日

たまたま夕刊のコラムで、餘部鉄橋(アマルベテッキョウ)ライトアップの記事を見つけた。やぐら状に組んだ鉄橋としては日本一の高さを持つらしいが、それがコンクリートの橋梁に架け替えられる事になり、町のお別れイベントとしてライトアップされる記事が書かれていた。
今年の夏はイベントらしいイベントはなにも考えていなかったので、記事を見つけてコレだ!と思い、急きょ民宿の予約を済ませ車で日本海に向かいました。西宮から中国自動車道から舞鶴若狭道に乗り福知山ICで降りて下道をのんびり向かい、片道180キロメートル、およそ3時間半ぐらいの行程になりました。

おお~スゴ~イ!と歓声を上げたのが、上の写真の余部鉄橋到着の瞬間です。
すでに現地には観光バスも数台止まって、民宿に向かう道にはカメラを担いだ鉄道マニア?が大勢歩いています。撮影スポットには一列に並んで、列車の通る瞬間を待ち構えている。思わず鉄道マニアに仲間入りの心境です。きっと賑やかなイベントになる。。。

宿に車を停めてまずは散策、ひと回りするのにそれほど時間は掛かりません。余部駅に行ってみると駅員さんのほかに警備員さんが、鉄道マニアのカメラマンが勝手に軌道に入らない様に監視していました。警備員さんは、皆さんの気持ちは分かるが、何かが起こっては一大事です。と言いながらもほころぶ顔は、この鉄橋が大勢の人に親しまれていることが誇りのようでもありました。

宿に戻ってひと休みし、早めの夕食を頂いてからメインイベントのライトアップを見学に出掛けました。どこから湧いて来たのかしらと思う程、カメラマンがイベント会場の河原に群がっています。
が、しかし、ライトアップは残念ながら期待程ではなく、町の夏祭りの一環ていど。橋梁全体を照らす予算がないのかライトアップはイベント会場の付近だけ、カラオケ大会のステージの明かりの方が明るいくらい。アララ~、なんとなく最後までなごやかムードのイベントでした。それも一興と思い直し、宿に帰ってゆっくりお風呂に入って就眠。

次の日の朝食の時、大阪住吉から来たという年配のご夫婦の旦那さんから、いや~、どちらから来られました?昨日のライトアップ見られました?あきませんでしたな~、むべも無い辛口のご批評。もちろんカメラが趣味で、同じ様に記事を見つけて楽しみに来たそうだ。仕方ないよな~。

それでも折角来た田舎を楽しもうと、この日は列車に乗って隣駅の「鎧(ヨロイ)」まで行ってみました。う~ん、ここはさらに全くなにも無い漁村の集落。ボ~~~と2時間ほど、次にくる帰りの列車を待っただけ。何も無いのをむしろ楽しみに行ったハズですが。。。

車での帰り道は、出石市に立ち寄り「皿そば」を食べてきました。結構これは当たりだったかも。
テーブルにあった記帳ノートに埼玉から来たと言う書き込みがあった。だから、という訳ではないけど、10皿食ったら腹が膨れました。「出石手打ち皿そば 茂兵衛」ご参考まで。

余部鉄橋に限らず鉄で出来た橋梁や駅舎は改築により数少なくなってきました。新しく出来上がるそれらはより安全になるのでしょう。しかし余部鉄橋のリベット打ちに見られる様な手作り感は無く、どれも無機質な感じがするに違いありません。現代のスーパー建築・スーパー土木を見慣れた目には余部鉄橋は敢えて驚く構造物では無かったのですが、橋のある町の風景には生活に根付いた安心感と親しみがありました。架け替えられるコンクリートの橋に町の人がどれほど愛着を持つのだろうか?正直、期待ができない気がします。
それはなぜなのか?単に歴史の問題に置き換えず、その理由を本当はよく考え、次の世代に残すべきものを創らなければなりません。
そんな寂しさをも感じながら、ひとつでも記録に残しておきたい気がしました。

flickr ] 以外の写真を少し載せています

テキスト:2006年8月14日

【参考】

余部鉄橋コーナー ] 香美町の鉄橋紹介コーナー
尾崎屋 ] 泊まった民宿
川戸屋 余部鉄橋のご紹介 ] 泊まった宿ではありませんが、昭和61年転落事故のことも含め、鉄橋の事が詳しく書かれています。
余部鉄橋列車転落 ] 失敗知識データベース

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