ファンタスティック・プラネットとアウトレイジ

この間の日曜日は、夕方に nomade kino 主催のちょっと古いフランスのSFアニメ映画を観てギャラクシーカレーなるものを食べ、晩には以前に映画館の上映不備で手に入れたタダ券使って北野武のやくざ映画を観に行きました。

SFアニメ映画「ファンタスティック・プラネット」は、その筋では結構有名な作品。何時の未来か、家畜化された地球人が得たいのしれない宇宙人に支配されているのだけど、反乱して自由を取り戻す的な内容。時代を感じる映像だけど、SF映画や漫画やアニメには多大な影響を及ぼしただけあって、その設定もしかり美術・音楽と色んなところで現代の作品にも通じるものがあり、原点となるオリジナルを観ているような気さえします。

北野映画「アウトレイジ」は、好きな役者揃いだからとヨメさんのセレクトで行きましたが、コチラはコチラで悪者映画の寄せ集めというか、悪い奴をいっぱい並べてみました的な内容。ひとつひとつの悪者ストーリーに敢て新しさは感じないのですが、ジャンルこそ違えどコチラもまた原点となるオリジナルを観ているような気さえします。しかし、奇妙なほど日常に見える映像の中で悪さ怖さから滲み出る(ある種醜い)笑いは、ビートたけし本領そのものかもしれません。

まったく違う映画を観て同じ様なことを感じたのですが、どの時代でもオリジナルを作り出すのは実はあり得ないことだと思うし、あらゆる表現は繰り返しの中で洗練されていくのだな〜。それが悪いのでは無く、むしろそうした中で人は感性を研ぎすませ、表現を膨らませることが出来るのだと。しかも留まる事を知らず、いつまでも続いて行く事がスゴいのかも。大も小も継続は力なり、です。

この夏は大阪の劇団・維新派の公演「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」を観に、犬島に行こうかと目論んでいます。維新派鑑賞は20年を越えますが何故続けていくのだろうか? それを思えば、継続は力なり、を地で行くような劇団に力をもらえている気がするからかもしれません。特設サイトに掲載されている舞台模型観て、これは行きたいぞ、と思いました。講釈ともかく、楽しみ楽しみ。

Related posts

コメントを残す