曽爾の獅子舞とススキの高原

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夏の終わりから何がと言うわけでなくせわしなく、スッカリ篭りっぱなしの毎日でした。ようやくこの日曜日は、久しぶりに行楽を楽しみました。予定外のハプニングもあり、満足度120%です。二日経った今も脚が痛いです。

高原一杯に青々としたススキのたなびく様子がテレビに映し出されたのは、その夏の終わりの事でした。曽爾高原と紹介されていました。行ってみたいな~と思うその時は時間が取れず、悔し紛れに時折ネットで調べていたところ、高原のある曽爾村の獅子舞が奈良の伝統芸能として紹介されているのを見つけました。その秋の催しが良いタイミング、夫婦共々併せて行ったわけです。

と言うものの獅子舞の催しは朝8時から。ひ弱な夫婦は早起きする気力が足らず、なんとか9時に到着。石段の上、境内から囃子の音が聞こえてきます。上がってみると、大勢の人が取り囲む輪の中に、派手な色の着物姿の踊り子?がチラホラ。プリントされた演目次第をいただいて見てみると、ちょうど中盤のようでした。
歴史も古く演目の豊富さもあり、奈良の無形文化財にも指定されているとだけ分かっていましたが、あまり情報がなく、正直よく分からずままやってきました。早よ終わってたらどうしようもありませんが、後半が十分あるようです。親切に、獅子舞に関する解説のプリントもちゃんと用意されていました。
プリントを拝見すると、舞は体系的に6種類ぐらいに分かれます。それを村の3つの地域が保存をしているとのこと。記録では280年以上も前から続いているとあります。また曲芸的な要素も強いことが特徴のひとつのようです。
獅子、天狗、道化と観客を引き込み大勢が入り乱れながらの踊りや、獅子のみの厳かな舞、アクロバットな曲芸。幅広い芸能なのだと知りました。

獅子舞と言うと、正直なところ祭りの添え物的なイメージがありました。ですが、後半の演目を拝見しただけでも舞の表現の豊かさに驚きます。そして、獅子舞を守り、受け継ぐ地元の大人と子供、それを応援し暖かく見守っている村の人々。鎮守の森に囲まれた境内の中で、さわやかな一体感がなによりも印象的でした。

獅子舞はお昼に終わり、当初目的の曽爾高原に向かいました。休日かつ快晴、観光客が一杯です。高原に着く少し手前の休憩所に車を停めて食事。そこから30分程の自然道を歩いて、パノラマに拡がるススキの原っぱに到着しました。
言葉寂しい表現ですが、テレビで観たままに素晴らしい眺めです!。

曽爾高原のススキの群生が自然のものか人口のものか分からずいますが、この地域の茅葺き屋根の材料として使われていたようです。今は使用が減ったため一時は杉が植林され、そのまま放っておくと杉山に変わってしまいます。美しい風景を残そうと、春先には山焼きをするなどしながら地元の人々によって守られてきました。
と言うよりも、茅葺きの主な材料はススキだったのですね。恥ずかしながら知りませんでした。なんとなく「カヤ」って呼び名の植物があるのかとさえ思ってました。

実はハイキング気分で来たのですが、高原と言いながらもしっかり山。日頃運動不足な身には、十分な登山です。中腹になる亀山峠を回った一周コースで満喫気分だったのですが、ここで思わぬハプニングに遭遇しました。

その亀山峠でひと休み中、ご主人の肩に掴まる脚を挫かれた様子のご夫人がいらしたのですが、しばらくすると救急隊員の方々が4〜5人担架を抱えて下から登ってきました。にわかに周りが物々しくなり、隊員の一人がトランシーバーで現在地を伝えている様子。横ではご夫人を担架に寝かせつけている。
さらに風速を伝える隊員の声。もしかしたら?と思ったら、やはり、救急ヘリが直に出動してくると隊員から伝えられ、危ないからと少し離れたところまで降りるように言われました。それから20分程でしょうか。北側の空からヘリがやってきました。現場上空で停止するヘリから、さらにロープを使って隊員が降りてきます。ヘリの風でススキが空高く舞散っています。またしばらくすると、ご夫人を乗せられた担架がロープで引き上げられヘリに収容されていきました。いや〜ビックリ。ご夫人には申し訳ないですが、すっかり見入ってしまいました。
山裾には救急車と消防車が見えます。ススキ野原で視界は良好ですが、山道は意外に勾配があります。人一人降ろすのも簡単な話では無いのでしょうね。

興奮気味に意気揚々と下山するとすっかり暗くなっていました。休憩所の饅頭屋さんが気になっていたのですが、あ〜閉まってます。残念。

秋晴れのなか、充実した一日になりました。

最後に、曽爾の獅子舞(動画)を少しご紹介。

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