美味しそうな板チョコになった地面を見て。

久しぶりの投稿です。写真の方も少し前。軸組模型を作って頂いていた住宅の現場の様子です。今頃は基礎配筋に取り掛かって近い内に配筋検査になりますが、写真はその手前、地業の様子を拝見しに行ったときのものです。

写真からも分る様にとても丁寧に作業して頂いています。基礎はコンクリートで覆われてしまえば、その出来不出来がどうだったか全く分らないものですし、配筋検査の時に伺っていても組まれた鉄筋の下にあるこの美しい板チョコ台地の様子は想像出来なかった気がします。きっと複雑に絡んだ鉄筋の状態にばかり目が行ってしまい、その下の様子にまで気が廻らないでいたと思います。基礎の様子を理解しておく事は当たり前のように思われそうですが、それに気がつくにはひとつひとつの仕事の流れをきっちり理解していないと、間違いなく通り過ぎてしまいます。鉄筋の身元やらコンクリートの強度やら事務的な監理も大切ですが、さかのぼって「仕事」を見る監理も大事な事。

この工程の時期に現場に赴く事は正直少ないのですが、たまたまのこの機会は、ひとつひとつ立ち返って現場を見る監理への反省材料になりました。どことなく清々しい気さえしました。

セミナー「初期木割書の世界」

先週の土曜日に久しぶり、竹中大工道具館の技と心セミナーに行ってきました。「初期木割書の世界〜中世の建築設計技術を探る〜」と題された道具館の学芸員さんによる講演です。木割書とはなんぞ?分かりやすく言ってしまえば、建築技術書です。とは言うものの写真の通り、古文書です。漢字ばかりという訳でなくひらがなやカタカナのものもあります。文字が無い時代、道具と技術は五官を駆使して伝承されてきましたが、言語が発生発達し文字が誕生し、当然ながら技術の伝達はそれまでの口伝や見よう見まねから、媒体での伝達に変わっていった訳です。

世界には未だ五官だけの伝承が続くところもあるそうですが、それは技術を盗まれない為だそうです。そう考えると、日本はやっぱり平和です。どうやらこうした木割書は秘伝書から始まり公刊書に移り変わっていったようですが、ことの始まりは技の自慢にあったようです。俺んちにはすげぇ秘伝書があるからよ〜お前らには負けね。なんてやってたんでしょうか。やはり平和。
木割書の内容はどちらか言えば寸法体系(モジュール)の構築が主だったようです。 柱や梁、垂木のサイズを一定比率に現すことで、誰がやってもある程度に整った形を作り出せる(もちろんそれなりの技術あっての話でしょうが)。そうした俺んち流を伝えられるように、もしくは忘れないようにするのが一番の目的だったようです。中には観念的哲学的な人もいて、大工とは何ぞやと深みにはまっていくものもあったそう。なににせよ、世界に類を見ないほどに日本には建築書が多いのだそう。平和だけでなく、日本という国はそうした技術を育む土壌が自然にも思想にも羨ましい程にそろっていたのかも知れません。いや平和どころか、乱世を生きる術だったのかもしれません。

秘伝書がやがて流出し公刊書に移り変わっていくに従い、文書の中身はだんだん誰にでも分かるような内容になっていきました。小難しいことばかり書いてあってはベストセラーになれないのです。その技術の拡散の陰で秘伝書はなくなっていく。もしくはマニアな世界になっていく。結局今と変わりません。伝統を残す難しさは、今に始まったものではない気がします。

こうした木割書は当時の棟梁やその弟子によって書き連ねられ、改訂が重ねられたりもする。中にはアチコチの木割書を書き写して並べただけのものもあるそうです。棟梁の発生も頭と実力が秀で人心を掴み、乱世を生き残る為に段取り上手なプロデューサーが必要だったのです。話を聞いて想像している内、はじめ思い描いた建築家と言うよりもゼネコンの社長に近い存在だったのでは?と思えてきました。

それよりどなたか、今の乱世を生き残る術の木割書はどこかにないものでしょうか。

軸組模型を作っていただきました

先日に砕石パイルの地業が終わった物件で、工務店の親方から軸組模型ができたので構造の打ち合わせをしましょうと連絡が入り、本日は工務店さんの事務所へ伺いました。

どど〜んと30分の1模型。なかなか迫力があります。模型の制作はこの物件を担当される大工さんご本人。どんな建物になるか理解してやるとやらないでは間違いなく違うと親方の方針で作られた模型は、担当の棟梁だけでなく手伝う他の大工さんにも指示もしやすく作業がしやすい、問題があれば解決の方法も見えやすくなります。現物ができてしまうとその場の迫力に押されて見逃してしまうことも、こうして模型を目の前にすると、この建物はこれが弱点だなこうした方が強くなるよ。と具体的な様子がイメージされ話になって出てくるのだと実感します。

それにしてもやはり大工さんの模型です。プラモデル世代だからやり始めるとはまりました。と話す大工さんの作った模型は、部材のサイズも図面の通りに作っていただいています。なので、自分で描いて幾度も見直していたつもりでも間違ったままのところを発見してしまったり、恥ずかしいばかりですが、自分自身も改めて建物のイメージがしやすくなりました。どうしようか迷っていたところも、やっぱりこうしてくださいと、お願いして今日のところは終了。

しばらく寒さが続くので、もう少し暖かくなってから基礎工事に入り春先に棟上げの予定です。

寒空でもトップライトのあかりが暖かいです。

去年内からスタートしていた大阪の街中の小さな家です。もうすでに設備の配線やら配管やらが走り始め、もうあと少しで内装に取りかかる手前まで来ています。外壁側も板金を張る手前にさしかかっています。

敷地の小ささに心配をされていた施主さんも形が見え始め、安心してもらえている様子。家の中心には大きな天窓のサンルームがあり、ここは中にいても外にいるような気持ちよさがあります。

今日は施主さんに選んでもらう浴室に張るモザイクタイルのサンプルを持って、現場に行きました。

半年間の非常勤講師を終えました

友人からの誘いで半年間、京都の美術大学で非常勤講師をやらせていただいた。今日は受持ち授業の最終日で、週一度通った通学路?にしばらく来なくなる。幾度と誘いに仕事の兼ね合いを理由でずっと断っていたのだが、一昨年とうとう折れ、去年の後半から一年生相手に授業をしていた。

教えていた内容は建築の専門課程でなく、デザイン学科の基礎演習みたいなもの。相手のフレッシュさんもデザイン学科全体の混合チームである。友人が統率する授業の補助役みたいなもので、実のところ気楽な感じでこの半年間過ごした。ただ週の一日を取られるので常勤の先生には申し訳ないが、この非常勤講師の日が自分にとっては「若者と触れ合う」どちらか言えば休みのようなものになってしまった。それもしばらくお休みとなる。

今時の学生は、と爺くさいことを言えば、2〜3割はコンピューター持ち込み。見かけたのはすべてMac。そして全員近くイヤホンをして、音楽を聴きながら制作をしている。黙認していたが、今思うとやはりどうかと思うところもある。3〜4年生になり、専門課程の制作をコツコツやる頃になると、自分たちの時代でもそんなものだったが、1年生時分はもうすこし初々しかったのではと、振り返ってしまう。

帰ってきてたまたま読んだ香山リカ氏の文面に、今の学生は問題に対し、悩みを抱え、それを分析し解決に至るメカニズムを求めて対処をせず、どこかにある「処方箋」に頼ると言うようなことが書かれていた。どこかとは書籍であったり、ネットであったり。処方箋を提示しない先生は、結局のところ見切られていたのかも知れない。問題提議で終わっただけではハッピーエンドにならないのだ。

そんなことを感じつつ、ともかく半年が終わりました。かと言って、嫌な気は全くありません。むしろ良い機会であったことに間違いありません。学生ともう少し深く付き合う姿勢をもっておいた方が、自分にとっても身になったのだろうなと少しだけ反省。また今年の秋からお世話になるはずなので、そのところ次は生かしたいと思っています。

砕石パイル地盤改良

年末に地鎮祭を済ませた物件がスタート。まずは地盤改良から。

今回は砕石パイルという地盤改良の工法を採用して進めています。 実は工務店さんからの提案で初めて知りました。一般的に住宅に使われる主流の改良工法は、柱状改良と言われるセメントと土を練り混ぜた柱を地面の中にこさえる工法ですが、この砕石パイルではセメントなどを使わず(分かりやすく言えば)砂利を詰め込むだけの工法です。ただ詰め込むと言っても、それなりに開発された認定工法なのでちゃんとした計算の元に進めています。
と言っても、工事の方には申し訳ありませんが、現場で立ち会って見ていると詰め込んでいるだけに見えちゃいます。

この工法のメリットはセメントを使いませんので、環境に優しい。石を詰め込んでいるだけなので、余剰分は土と一緒に処分できます。開発元さんのHPによれば液状化にも強い。構築物とならないので、土地の資産価値を落とさずに済むらしいです。条件にも寄りますが、柱状改良と金額的にはそれほど大差はない。(詳しくは下記リンク先へ)
メリットばかりなようにも思えますが、あまり知られた工法でもないのでどことなく不安もありましたが、こうして工事の様子を見ていると採用して良かったように思えます。

ちらちらと雪が舞った中、工事は進みました。1.5〜1.7Mほどの浅めな改良ですが、約40本ほど設置するのに2日半ほどの工事となります。初めて見る工事についつい現場に長居してしまいました。

今年もまた「えべっさん」

えべっさん

西宮の「えべっさん」も今日で終わりです。ようやく正月気分が抜けるような気がします。

今年は宵宮の晩にお参りに行きました。どエラく寒い。例年は好んで混雑する本宮の晩に行くことが多いのですが、今年はどことなくそんな気も湧かず、マイペースで参拝と言った感じです。お参りを済ませ、おみくじ引いて、福笹買って、軒を連ねた屋台のひとつを選んでラーメン屋に入ってみましたが案の定、期待通りにはならず。帰りに駅前の人気たこ焼き屋で口直し。

それにしても今年もまた屋台の数は減っていました。コワい方排除運動や震災の影響でしょうか?参拝するにはスムーズでよいと言えばよいのですが、どことなく祭り気分にかけてしまって正直さびしいです。お約束に期待をはずす屋台でも、まだしばらく商売は厳しい時代なのかもしれませんね。

和倉温泉

今日は年賀状を出せる状態になって、ようやく正月から”解放”された気分です。

年末年始は庄司家家族で恒例の温泉旅行。先の記事に書いた通り、前日もぎりぎりまで仕事が終わらず年賀状も書かず、潔く諦めひと風呂浴びに「和倉温泉」出掛けました。和倉温泉と言えば老舗旅館加賀屋さんが有名ですが、残念ながら加賀屋さんではありません。と言いますか、加賀屋さんが此処にあることを目の前にやっと思い出した程度でして、はじめから分かっていればちっと調べてから、、、でもきっと諦めていたことでしょうが。

和倉の街は元旦に少し回ってみました。到着した時も海岸沿いにホテルが建ち並ぶ様子に驚きましたが、小さな波止場の先から振り返ってみると、海からニョキニョキ建物がそびえ立ちエラい風景やな〜と言う気がします。それらは現代建築というよりも、ひと時代過ぎたようなホテルばかり。全盛期のホテル建築ラッシュは、それこそすごい勢いだったのでは?と思えます。個人的にはもちろん面白いのですが、街としての新陳代謝はどことなく難しそうな気がしました。詳しく知らないので間違いな想像かもしれませんが、加賀屋さんが「おもてなし」を海外まで持ち込み展開されている背景には、ハードよりもソフトを武器にしなければならない現状と思えなくもありません。もちろん、それに関わらず「おもてなし」を大事にされてきた加賀屋さんの伝統は、きっと学ぶべきものが多いのだろうと思いますが。「おもてなし」の下手な自分こそ、奉公に行かねばならんのかもしれません。

 

そんなことはなににせよ、嫁さんは和倉温泉のゆるキャラ「わくたまくん」にゾッコンだったようです。お土産にわくたまくんミニぬいぐるみのストラップをようけ抱えておりました。

謹賀新年2012

あけまして おめでとう ございます

年始早々、お詫びからスタートです。年賀状が実はコレから。仲間内で締めた忘年会以後の年末年始まったく頭が冴えず、 年賀状を頂いた皆様になんとも申し訳ない有り様。是が非でも抽選会までにはお届けしますので、今しばしお待ちください。

ブログの方もすっかりご無沙汰で、年賀にコメントを頂いたのを読む度に申し訳ないばかりです。ここまで間が空くと、なんとも書きづらいですね。(去年も同じ様なスタートだったな。。。トホホ。)書きたい事は都度あったはずなのですが、どんどん忘却の彼方へ。。。今年はそんな事にならぬようヒト言でも、ヒトリ言でも途絶えないようお伝えしたいと思います。

ともあれ近況ですが、暮れに完了検査を受けた鉄骨住宅が外構を残しています。去年内から木造住宅の現場が2件始まりました。ひとつは既に上棟。ひとつは地鎮祭を終えたばかり。そして、計画が終わって今年早々に見積を始めるちょっと大きな物件がひとつ。今はありがたく仕事をさせて頂いています。

本年もよろしくお願いいたします。

隣りのレーンは蒼く見える

お盆前、打合せ帰りの高速で渋滞に巻き込まれたと書いたのはついこの間のコトなのに、昨日もまた渋滞に捕まってしまった。
視線の向こう3車線のずいぶん先で、テールランプをチカチカさせている様子が見えたのは恐らく夜の8時を過ぎたぐらいではなかろうか。神戸付近。その時、真ん中の走行車線を走っていた。左の走行車線は結構手前から車が停まっている。右の追い越し車線は少し先で停まっている様子が見える。左車線を横目に少しそのまま少し走って、追い越し車線に移るかどうかを迷った。ちょっとでも早いような気もするが、その浅ましさが祟って先で身動き出来なくなる事もある。う〜んう〜んどうしようと思っている間に、目の前に停車の車が迫った。もういいや、ここは無難に真ん中のままいとこ。あっと言う間、四方は車に囲まれた。後は運に任せよ。
停まってしばらく余裕しゃくしゃくに音楽を流しながら周りの風景を眺めていたが、んんん右の車線の動きが活発に見える、どうも真ん中の進みが遅い気がしてきた。後ろにいた筈の左のトラックにもなんか抜かされている。あのマークは見覚えがある。いやいや待て待て、きっと逆転する筈。気を鎮めてそうしてしばらく、さっき抜かされたトラックが近づいてきた。よしよし。一体ナニがよしよしなのだけど。やっぱりよしよしと思ってしまう。全く心持ちが小さい。
そんな浮かれ気分も束の間、また抜かされて。確実に真ん中が遅く思えてきた。バックミラーを覗いてみるとずっと同じ車が後ろにいるし、その後ろでも車線を変えようとする車の様子は無く、真ん中レーンはとっても真面目に並んでいるように見える。ここでどちらか車線に割り込もうとすれば、ずいぶんお行儀が悪く見えそうな気がしてしまう。
あ〜やっぱり右車線に移っとくんだった。馬鹿な後悔を始めて、うんんううん、車よりも自分の方が唸っている気がして来た。

その後高速を降りたのは9時を過ぎた。その時間なら普段は混まない事務所までの間も車が詰まっていた。高速の渋滞の影響だろうか。う〜んん、すっごいエネルギーの無駄使い。

大文字納涼会2011

京都の夏の風物詩「大文字」の日、3年ぶりに「BlueWind21」にヨメさんとお邪魔しました。8月16日はこの屋上で大文字を見るのが恒例でしたが、去年一昨年は伺う事ができず、施主さんそして3人の子供達とも3年ぶりの再会です。夕方頃に伺うとプチバーベキューをご馳走になり、ビールを飲みながら大文字の点火を待ちました。

この住まいが完成し10年が経過しました。少々味が出始めましたが、一歩中に入ると変わらぬ様子に感無量です。子供達が大きくなっている事だけが、唯一時間を感じさせる気がしてきます。さらに10年が経ったとき、一体どんな風になっているのだろうか。それとも全く変わらないのかもしれません。いずれにしても楽しみに違いありません。

清々しい気分で事故渋滞

打合せ先の周囲の風景は青々とした田圃が広がり、風にそよぎ波打つ様子で心持ち暑さが和らぎます。緑が広がる風景を目の前にすると、普段街中にいるからでしょう、つい足を止めて見入ってしまいます。小学低学年の頃はこうした風景に囲まれて過ごしていました。学校までの道のりは遠くて炎天下で隠れるところの無い田圃道はどちらか言うとつらいイメージがその時分にはありました。今日は車での通りすがりですから、同じ様な風景を目にしながら全く逆の気持ちが湧いてきます。面白いものです。

放射能のニュースを見る度少し悲しい気持ちになりますが、この美しい風景が一変した時に一体どんな気持ちで見る事ができるのか?正直、想像がつきません。

打合せの後ちょこっと写真を撮り清々しい気分でいたのですが、帰りの高速で事故渋滞に巻き込まれ一時間ぐらい余分に掛かりました。夕方にある事務所での打合せに間に合うかだんだんと焦りが積もりはじめると、頭の中は田園思考から街中思考に切り替わりイライラとしてきます。まるで洗い流した汚れが舞い戻ってきた気分。

盆休みの間、きっと大勢の人が同じ様なこの相反する気分を味わうのでしょうね。意地悪いですが、それを分って行動する人の所業は、想像するとちょっと面白い気がします。

 

セミナー「ヨーロッパ大工の技」

先週末、竹中大工道具館で催された特別セミナー「ヨーロッパ大工の技」を聴きに行きました。講師はドイツの木工職人ヘンリヒセンさんという方で、日本での修復工事を行った経験もあるだけあって、流暢な日本語で冗談を交えた講義はとても楽しいものでした。講義はほとんどヨーロッパ大工の技の実演で、ドイツの土台の継手模型を製作しながら進みました。実演の合間に大工道具箱の伝統、墨付け方法、鑿や鋸を使った加工についての解説を、日本の道具との違いを加えながら説明していただけ、材料の違いなどもあって道具の発達の違いになっていった過程が少し実感できた気がします。

日本は桧・杉・松など針葉樹が材木の中心ですが、ドイツでは樫・楢など広葉樹が構造材・造作材の中心として使われてきたそうです。そして日本の桧のように扱われるのがこの樫だそうです。樫と言えば水や虫に強い材料ですが、反ったり、縮んだり、木がまっすぐ育たないので長ものの材料が取れないなど扱いにくく、また字のごとく硬い木の代表でもあります。これら硬い材料に立ち向かうには、日本のような繊細な道具では歯が立たないという訳です。ですから道具としては日本よりも単純で堅牢さが求められました。ヘンリヒセンさんは先進国なのに大工道具はとても原始的。と言われていましたが、それが理にかなった結果なのです。その逆に扱いやすい材料があったからこそ、日本は大工技術は高度に熟して行ったと思われます。

また、日本の様に身体を使って木を押えながら作業をすることも少ないそうです。向きを変える度にもしっかり作業台に固定しつつ,作業を進めます。当たり前に思っていた足で押えつつ作業をする姿は、実は日本独特なものだそうです。差し金のような物差しも同じ様にありますが穴がいくつか開いてあり、そこに鉛筆を差込みケビキ(線引き)をしたりもできます。ひとつひとつは合理的な感じがします。しかし日本のような削ぎ落されて進化した道具と違っており装飾も多いので、怒られそうですがどことなくプロっぽく無かったり感じてしまいました。

それぞれ良し悪しはあるでしょうが、やはり日本の道具は優秀な気がします。三木や小野の刃物メーカーさんはドイツでもとてもポピュラーだそうです。ヘンリヒセンさんがドイツの道具を本国から送ってもらうと、日本のノコギリが入っていましたよと笑って紹介されました。

映画「ちいさな哲学者たち」を観ました。

ヨメさんからの誘いで、映画『ちいさな哲学者たち』を観に行きました。フランスの公立幼稚園で行われた、先生が園児達と哲学のディスカッションを2年間に渡って行う革新的な教育プログラムを追ったドキュメンタリー映画です。とても面白かったです。

子供は時として大人を驚かす様な発言をします。とお決まりな文言がありますが、これは大人の屁理屈からの視点でしかないのでしょう。映画のスタートは素朴な質問に子供達も言葉が出てきませんが、後半になると大人顔負けの思考を展開しています。賛否もはっきりとした議論ができるようになっていきます。最後には、小学校にあがったら哲学の授業が無くなるから面白く無い。考えなくなってしまうかも。と子供達は嘆く程に成長を見せてくれます。

仕事に没頭し、いや、仕事を言い訳に考える事を失いかけている自分には、頭の下がる思いがします。この間友人と飲みに行った時も、デザインは何故そうなのか?理由をきっちり考えないといけないよね〜。なんて言っておりましたが、果たしてどこまで出来ているやら。

映画の中の子供の一人が、なんとなく爆笑問題の二人の掛け合わせにも見えて来たり。可愛いだけでなく、コイツはなんかオレに近い気がする。とファンになった子供の発言が気になったり。苦笑まじりの笑いが映画館で絶えませんでした。
文化も環境も違う日本の子供達に同じプログラムをするとどんな風になるのだろう? 自分を含め、ものを考えない大学生が増殖される前に、幼稚園からと言わずとも小中高でこうした試みは少し早くから始める方が、日本国力に厚みを持たせるためにもいい様に思えますし、自然と文化を愛する心も育つような気がしました。

 

藤井厚二「聴竹居」を訪問しました。

「住まうの座」でお世話になった紡ぎ家さんの計らいで、藤井厚二「聴竹居」を訪問しました。建築関連では人気の見学スポットの一つで、今まで二度ほど見学会に申込しながら抽選モレで行けずまま、ようやく機会を頂いた感じです。先日の大山崎山荘美術館とは程近く。樹木に囲われ暑い夏の最中にも涼を感じる自然豊かな環境の地にあります。

「聴竹居」は環境共生住宅の原点と言われ、環境工学を専門とした藤井厚二の自邸の「ひとつ」になるそうです。実家は造り酒屋のお金持ちで自邸を繰り返し作っていると聞き、なんとま羨ましいばかりですが、光や風を存分に取り入れ「夏が過ごしやすい」住まいを目指し、当時のモダンな住宅の実践を試みた建築家の実験住宅だったと言っても良さそうです。

だからでしょうか、勉強不足で詳細について下調べ無くこれまで感覚的な造形を勝手に期待していたのですが、実際に観た「聴竹居」は、むしろ理論的な住宅のひな形を観るような空気が漂い、そうした期待に対する感動はむしろ少なかったのが正直なところです。逆に積極的に電化も行いながら環境工学と時代の先端を進む意欲こそが造形にも現れ、その想いが漂う空気を読み取る事こそが「聴竹居」の見所であった気がします。その面からの覆されたイメージの部分は十分に楽しく拝見し、設計者としての立ち位置を学ぶべき印象を受け、また考えさせられもしました。

大山崎山荘美術館「睡蓮」の見方

名神高速で仕事の帰り道。大山崎付近でまだ昼過ぎだったものだから、そうだ大山崎山荘美術館に行ってみようと思い立ち、そのまま高速を降りた。ずいぶん前だが新館は安藤さんの初期の美術館。実はまだ行った事が無かった。印象派モネの「睡蓮」が飾られていることで有名です。

その以前、庄司事務所に来ていた美術好きなバイトの女史が、あれはダメですよ〜。絵の前が狭くて引いて見ようと思っても、ちゃんと見れない。光もイマイチ、私は嫌です。モネがかわいそう。とまで言っていた。その記憶だけで実際どんなだろうと思って、モネの飾られていた新館(と言っても古い訳ですが)に入った。ちなみに展示室は円筒状のコンクリート外壁に囲まれ、真ん中は白い壁で囲った空間があります。その四角い空間の上にはトップライトがあり、適度に円筒の展示室にも光が漏れるような感じになっています。それほど大きくはありません。
足を踏み入れて女史の言っていた事が分かりました。今日は関西の椅子作家の展覧会が併設されていたので、なおさら動けるスペースが少ない。たまたましばらく一人で鑑賞する事ができたので、窮屈感はないが、曲面に飾られた4枚のモネと正対して向かうと確かに近い感じがします。敢えてのモネファンでもなかったのですが、もうちょっとあればねと思いつつ、併設の椅子に目が移りはじめました。

ちょっと若めな警備員さんがコチラの鑑賞を邪魔しない様に一人で立っています。展示の椅子は触っても良さそうなコメントが付けられていたのですが、念のため聞いてみた。どうぞ座ってみて下さい。それまで黙っていた警備員さんが、あちらの椅子は座られましたか?気持ちいいですよ。と促される。面白い人だな。と思っていたら、後から入って来た学生らしき若者達に、この絵はコチラから見てみて下さい。と話しかけている。つい、耳をそばだてると的をついた意見が聞こえ興味が湧く。改めて、モネを見始めてしまった。

鑑賞者が少なくなって、絵に興味を持ち出した僕を捕まえ、今度はモネの見方について持論を語り始めてくれた。あの絵はモネが白内障になった後でのものです。絵は大きいですが、モネが見ているのは小さな世界なんですよね。此処から見ると睡蓮が浮かんできませんか?丁度、今の明かり具合が良いです。…確かに。真っ正面から見ようとしていた時よりも斜めになった今の位置の方が映り込んだ光も無くずっと奥行き感を感じるし、睡蓮が浮かんで見える。この絵は階段を2段上がったところで左の角をみるような感じです。額の奥に池が広がるように見えませんか?…うむ、確かに。

私は絵は実はよく分らないんですが、此処に来て2年間、絵を観られる方の様子を見て自分で確かめたり、考えたんです。絵が好きそうな方なら、私なりのポイントをお伝えしてみるんです。結構喜んでもらえて嬉しいんですよ。以前は測量の仕事をしていたせいかも知れませんが、観る方向がなんとなく気になるんです。やっぱり一番奇麗に見える位置が良いでしょう。なので意見はありますが、この空間がとても好きなんです。

警備員さんを前に、目からウロコ状態です。適度に美術をかじった僕は、こんな当たり前で素直な見方をした事は無かった。警備員さんは絵の見方が対峙しようとする西洋的な感じでなく、空間全体で捉えたとても日本的な見方ですよね。と感想を伝えてみると。モネは日本趣味だったからでしょうか。
しばし警備員さんと美術談義となった。学芸員さんからは絶対に聞く事が出来ない、すばらしいレクチュアにごっつ得な気がした。私も大阪ですから、ちょっとでも得したいんです。

モネの見方だけに留まらず、安藤建築の見方まで教えてもらった気がしました。次回は是非に秋頃に来て下さい。新しく出来る新々館はまだでしょうが、絵が変わってますし光がまた違いますよ。既成概念を取り払って、自由に使えば良いのですよ。なんて施主さんに言う自分がすっかり恥ずかしくなってきました。

なでしこJAPAN

女子サッカーワールドカップで日本が宿敵アメリカを破り初優勝しました。夜中に放送された中継をご覧になられた方も多いのでは。コレまでは結果だけをニュースで観て、へ〜っスゴイスゴイと歓声を上げておりましたが、さすが今回は生で観てみたくなり、ピッチで死ぬまで走ると語る選手には申し訳ないですが、ゴロ寝のまま、たまに響く実況の声に揺り起こされ、(ほぼ)すべて見終え少々感激モードです。窓の明るくなった頃、PK戦の頃にはすでに起き上がっていました、でも今眠たい(笑)。

最後の最後まで諦めず前向きな戦いを挑んでいたなでしこの姿は、ホント良かったですね。今回の試合を通し観て、結果が全てなスポーツの世界でありながら、その経過の全てが彼女達の全てであったような気がします。もし優勝を逃していても、この感激感はほとんど変わらないでしょう。もちろん優勝に越した事ありません。

でなぜか、試合は施行中の現場で、アメリカチームが施工者、なでしこチームが設計者の姿に、どことなく重なる様に後から思えてきました。まったく例えが可笑しいのですが、様子を伺い仕掛けずにいると、先制し隙をついてどんどん攻めて来る大きな身体のアメリカ選手。これが、黙っていたらどんどん先に進めてしまう施工者と同じに見え。逆に、小さな身体でも諦めず相手のミスを取り込み自分のものとしたなでしこが設計者に思えて来た訳です。いや、もちろんコレはとてもご都合良い素晴らしいイメージの膨らみですが、一転して、ゴール前まで力を振り絞って走らなければ結果は出なかった訳ですから、むしろそれが設計者のまずい姿に思えた訳です。

むろん結果はどうであれ、余程の事がなければ建物は完成してしまうのが世の常。ですが設計・施工共、その経過にどれだけの諦めないストーリーを孕んでいたかで、建物が持つ良さも変わると思っています。経過が全てであり結果が伴う。その結果で人を感動に導けるかは、スポーツも建築も実は変わらないのだ。
そんな思いが、なでしこJAPANの優勝に重なりました。

セミナー「古代東アジアの木塔」

ホント倒れそうなくらい暑い日が続きますね。駅前でイチローも水浴びさせてもらって気持ち良さそう。

久しぶりに竹中大工道具館のセミナーを聴きに行きました。日本や韓国・朝鮮、中国の塔のお話。演台の箱崎先生が、この話は「話すのが難しい」と最初に言われただけあって、何をどう書けばよく分かりませんが、とりあえず。

塔と言えば法隆寺の五重塔。しかし、その設計法や施工法の技術はその当時どのような伝来であったか、まだまだ謎の多くが解明されていない様です。日本には他に比べると現存する木の塔は多く、遺跡も数知れずあるそうです。その遺跡の中には、法隆寺の塔が6〜9つぐらい入りそうな大きなものもあるのだそう。そんな塔が今も残っていたら、世界遺産だらけになるに違いありません。それに比べると、中国朝鮮の木塔は片手程しか無く、現存する塔はどちらか言えば石やレンガのもの組石造だそう。もしくはその混構造になるようです。また塔と言うよりも堂と捉えられるような建物が多く、日本の状況は世界的にも類を見ない木塔乱立国と言ってよいのかも。

ただ特に朝鮮の木塔が現存しない理由のひとつとして、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に多くが焼き尽くしたのだとか。なんちゅう事をするのでしょう。もし現代でそんなことしたら、日本は間違いなく四面楚歌状態にです。丁度この間観たNHKの大河ドラマ「江」がそんな秀吉をやってたところ、岸谷五朗の顔を思い出してしまいました。北政所と共に止めさせるべきでした。であれば、今日の話はもっと面白くなったかも。

スライドで紹介される中、やはり日本の職人の技はスゴい気がします。それは美意識なのか、どう考えても他に比べると複雑な構造を求めていたようにも思えます。ただ、何故だろうと正直思うのは、現存する最古の塔・法隆寺が一番美しいバランスでスマートに建っているように思えてなりません。聖徳太子の美意識は並々ならぬものだったのか?それだけでなく法隆寺の伽藍のバランスも、現代の美意識に一番近い気がするのです。その点だけ捉えて自分なりに考えれば、もっと後期なものであっても良さそうなもの。美意識の変遷がどのようにあったのか。そう言えばそうした時代のそうした建物にまつわる話はあまり聴きません。主観的になりそうで、難しいテーマだから?現存の資料が少なすぎるのでしょうか。そんな研究をされている方の話があれば、是非に聴いてみたい気がします。

 

宮内建築「飯道山を望む家」を見学させて頂きました。

ブログのデザインを一新してしまう事にしました。細かいところは気になりつつも、ついつい手を入れたくなりいつまでも終わらず、肝心の記事がひとつも増えない。我ながら何しとる?と言う事になりそうなので、もうええわいっと気分転換です。

それはそれで、先日の日曜日。
滋賀で進めている住宅の計画は、宮内建築という滋賀の工務店さんにお願いすることで進めています。その宮内建築の宮内棟梁の計らいで、甲賀市にある小さな住まいを施主さんと共に案内していただきました。柱も梁も間伐の10センチ角の柱材だけで組まれた小気味良い構造の木造住宅です。青空の下に延々と広がる田んぼを取り込む素敵なロケーションにまずやられてしまいました。

今回は宮内さんが手掛けられた住まいを拝見するとともに本題としては、この住宅の真ん中に座るレンガで積まれた蓄熱式暖炉を見せて頂くことでした。メースンリー暖炉と言うのだそうですが。日本でもまだ数少ない暖炉です。お住まいの方に使い勝手など聞くと、結構手間いらずな様子。心配していた施主さんも、この迫力にやられた様子で是非やりましょう。となりました。

が、事前のイメージではとても無理だろうと思っていたものですから、電気式の蓄熱暖房の計画で進めていました。プランをすっかり一新せねばならなくなりそうです。こちらはブログのように気分転換と言う訳にはいきませんが、それはそれで楽しみになってきました。

デザインとユーザビリティ

つい最近、グーグルの検索画面とカレンダーがなんだかスッキリしたデザインに切り替わった。ぐっと見やすくなって、どちらか言うと機能に傾いたグーグルのイメージとちょっと違う。スケジュールの管理はほとんどグーグルのカレンダーを使っているから、なんとなく嬉しい。そう言えば、写真のサイト「picasa」もちょっとデザインが変わっていたな。それぞれ使い勝手も若干良くなった気がして、もう少し積極的に使おうかな。と言う気にさせてくれる。

まだベータ版だし試していないが、グーグルが今一番目玉にしているソーシャルネットワーク「Google+ プロジェクト」のデザインは本当に良さげな感じがする。Facebook よりも日本人の好みに向いた仕様になっていると記事を読んだけど、個人的にはそれよりもこのデザインに惹かれている。ちょっと使ってみたい気がします。Google+ の記事を探して読んでみると、どうやら元 Apple の方が関わっているそうだ。それでだけで、訳も分らず「ナルホド」と納得してしまう。

なかば趣味でブログやサイトのデザインも自分でやっているからよく分かるが、サイトのデザインは見た目だけでなくユーザビリティがとても重要。自分のサイトは、どんどん崩れて行くから正直目も当てられない。始めの内は良かったのに、アレコレしている内にプログラムはくちゃくちゃ、デザインもどこをどういじれば良かったのか訳が分らなくなってしまう。まさしく建築の設計も同じ。ものづくりには共通することだと思うけど、始めのコンセプトをしっかり見定めないと魅力は生まれない。

そんな訳で、Google+ に刺激を受けて、凝りもせずブログのリニューアルを目論んでいる。と言うか、チョロチョロ始めているところ。最終的には、物件の紹介サイトとブログを切り離して極力シンプルに読みやすく楽しんでもらえるサイトを目指そうと思っています。

断熱工事の検査を終了。

今日はようやく現場の断熱工事があらかた終わって、長期優良を兼ねたフラット35Sの中間検査を受けました。現場に着く前にすぐ近くにある工務店さんの事務所へ寄ったので、スタッフがひと足先に立合に向かいました。少し遅れて現場に着くとなぜか人影無く。しばらくしてスタッフが現れ、検査は1分で終わりました。あらそ、様子を見ればこりゃ十分と思うかもしれないが、ちょっと早すぎでは?

入荷の遅れたサッシがようやく入って、現場にも動きが出てきました。3ヶ月は完全に失った感があります。このところ急な暑さに気持ちがばてそうですが、ここでもうひとフンバリ。現場を去る直前には玄関ドアが搬入もされました。月が変わって、残りの工事をスマートに進め、停まった時間を取り戻したいところです。

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「とこなめ」便器のロゴマークを求めて。

なんだか映画のセットのようにも思えそうな写真ですが、そうでなく、先日型ガラスの事を書いた解体前の古い住まいにある下家になった厠です。すでに少しずつ解体が始まっており、正面にあった引き違いの板戸が撤去されたのでしょう、野ざらしに便器がまる見えの状態になっていました。

で、なぜこんな場面に出会わせているかと言えば、実は便器好き?なヨメさんの要請です。週明けから本格解体されるというので、施主さんに無理をお願いして再度やって来ました。前の回にもヨメさんも来ていたのですが、興味を持った便器のロゴをこそこそと描き写し、帰ってからネットで調べると、どうやらレアなグッズ?だったらしいのです。たぶんレアな、その筋の方達だけにとってでしょうが。。。
とにもかくにも改めて確認したい。写真を撮りたい。と切望され、誰もいない古屋に怪しく夫婦二人で忍び込んで、トイレの写真を撮っていたのでした。

「Tokoname」は陶器の街である愛知県常滑市にあったメーカーのブランドの様ですが詳細は分りません。有名所ではINAXなどの衛生機器メーカーがここ常滑に本社を置いていたようです。招き猫なんかも有名なようで「常滑系」とかあるみたいです。これまた、その筋の方しか理解出来なさそうですが。。。

常滑市 – Wikipedia

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壮観なご近所のひまわり畑

ひまわり

事務所ご近所のお宅の前が今ひまわり畑のようになっています。ひとつひとつは15センチにも満たない小さな品種のようですが、角地になった道路面を覆い尽くして咲き乱れているので結構壮観な感じ。格好良ささえ憶えます。

このところ雨が続いて鬱陶しい日が続くと思えば、晴れれば晴れたでジメっとしながらやたら暑くなるわで、やっぱり鬱陶しい。なんとかしてよと言う感じですね。抱えている作業も思う様に進まずブログも進まずなんやらかんやらジメジメとしているここ最近、このひまわり達ぐらいパッと行きたいところです。ちっと見習おう。

日曜日は事故に注意しましょう。

昨日は日曜日でしたが、夕方から施主さんに打合せをお願いしたので、午後から事務所に来てなんやらかんやら雑用をしたり過ごして、打合せの1時間ほど前から印刷を始めていた最中、ガシャガシャガシャ〜〜〜〜ンンン!!!。なにやらエラい物音が外から聞こえて来た。トラックがひっくり返って資材をまき散らしたのか、どこぞのシャッターを引きずったのか。そんな感じの音が響き渡った。

思わず外の様子をチラチラと覗き見してしまう。打合せが間近なので、印刷もしたい。でも不謹慎にも誘惑に負けて外に出てしまった。国道沿いにあるマンションの玄関脇に乗用車が突っ込んでいた。空き地になった隣地のフェンスがなぎ倒されている。あの音はアレか、見て直ぐに分った。にしても、事故の車は対向車線を横切り反対側のマンションに大破して止まっている。なぎ倒したフェンスとマンションの間には植え込みもあって、車はその植え込みを飛び越えマンションに突っ込んだ様子なので、相当スピードが出ていたのではないだろうか。フロントガラスは割れて、ボンネットがひしゃげている。運転手は大丈夫だったのだろうか。近所の人が総勢集まったころ消防車と救急車がやって来た。意外に警察は遅い。対面から見ていたが人身事故の様子は無く、派手な割には落ち着いた様子が見受けられたので、なんとなく安心。

そうしている内に、施主さんから携帯にメールが入った。すぐ近くで渋滞に捕まってます。。。事務所の側で事故になってます。。。パトカーのチカチカが見えます。。。気をつけて来て下さい。

普段では考えられない場所での事故を見て、どこにいてもあんな事故だと気を付け様が無いよな。他人事のようなニュースが一気に身近な事に思えて来る。

緑も、人の都合で付き合わないコト:東野康仁商店

僕はガーデニングと言うと、NHKの園芸番組なんかをどちらか言えば思い出す口です。正直くわしくありません。ですが植物が苦手でも無く、どちらか言えば好きな方です。事務所にも鉢植えは少しは置いているし、家でも猫の額のような庭にコーナンで気まぐれに買って来ては植えてみたり、草刈はたまにしています。先日もゴーヤの苗をもらったので、育て始めたところです。で、にがうりのサイトを探して見ていたら、葉っぱも茎も食えるらしい事を知りました。知らなんだ。今は実よりもそちらに興味津々です。

それはそれで、今日は神奈川から来られた園芸屋さん?東野康仁景観調整事務所の東野さんと言う方の「住まうの座」での座談会を聞きに伺いました。とてもやんわりとした感じの方で、お話も楽しみましょう。好きにやりましょう。土なんか何でもいいんです。細かい事に捕われず、なによりも植物とのコミュニケーションを大切に、と言った具合でした。そうは言っても、持参された鉢植えやスライドで見る植物たちは、どれも素敵な感じです。鉢植えの鉢はほとんど古材や廃材利用の自作で楽しまれ、手を掛けてきれいに整った樹形がむしろスタイリッシュな感じさえします。やんわりとした話とうらはらに、結構シャキっとした感じがします。特別な樹種でもないのに、違って見えるのが不思議です。

草木も生き物。そう考えてみれば、好き放題に自然なままボサボサに放っとかれるより、たまには散髪してスッキリしてあげたが喜ぶのかな?話を聞きながらそんな気がしました。

ひとの前で話すのはムズカシイです。「 住まうの座 」

とたん、ばたん

2週間ほど前の土曜日に講座のゲストとして、住まいや設計の話やこれまでの自作の話、施主さんとのエピソードなどを、およそ2時間に渡って話をする機会を頂きました。こっそりと。

人前で話すのはいやはや冷や汗ものですね。なにしろどなたも真面目に聞いてくれますから。友達と話すとも学生に話すとも、まるで違います。あ、いやいや友達や学生がいつも不真面目だと言う訳ではありません。こちらがもし勘違いした事をしゃべってしまっても、世間知らずな事をしゃべっても、間違ってるよと話を止めてもらえるとは限らないし、過ぎた後では言い直すことは出来ない訳です。人間ウソはいけません。なんてことも言えないわけで、会場でテーブルに出して頂いたコーヒーにひと口もつけずまま過ぎてしまったのでした。

コレまでの作品の正面からの写真をいくつかをスライドに映し、来て頂いた方が興味を持たれたものを話して行くというスタイルで進みました。どんな事になるか分らないので、コレだけあれば大丈夫だろうとやたらと揃えたスライドも実は半分も使わずじまい。なので、なんとか話しで持ちこたえられたのでしょうか。気がつけば終了時刻。そんな恥ずかしい時間を過ごしたに関わらず、主催の「紡ぎ家」さんに素晴らしい講演録を残して頂きました。

住まうの座

第2回 « 住まうの座 < こちらに講演録をまとめられています。

 

台風一過に緑を購入

アジアンタム スノーフレイク

昨日事務所に着くと、玄関先のトネリコの鉢が台風の風で倒れてしまい鉢が割れて横倒しになっていた。お隣のおじサンに道に転がっていたところを軒下に避けて頂いたので、お礼をしておく。鉢が割れてしまったまま放っておくわけにもいかず、昼からコーナンに替わりの鉢を探しに行く。

ついでにこの間ゴーヤの苗をいただいたので、プランターを購入。こちらは自宅で家庭菜園に挑戦。折角なので、事務所にもひとつなにか買って行こうと思ってアジアンタムを買う。2年ほど前に自宅の庭先にも植えたのだけど無精な手入れでもそれなりに育ってくれていたので、たぶん大丈夫だろう。たまにはこういうのも良い。プラス土やらなにやら揃えて気がつくと、それなりの金額になってしまった。コーナンを舐めていた。う〜ん、まあいいか。

住まいに緑があるのは、やはりいい感じがします。緑が添えられると、どことなく家の姿もよく見えてくるから不思議です。

 

open! architecture:高島屋東別館・南海ビルディング

イベント好きな親父の案内から、建物公開イベント「オープン・アーキテクチャー」という催しに昨日は参加して来ました。午前中は「高島屋東別館」に、午後からは「南海ビルディング、なんばパークス」を見学させていただいた。この「オープン・アーキテクチャー」は、ヨーロッパで行われるような建物公開のイベントを定着させ、一般の方にもっと建物や建築に関心を持ってもらおうとするグループが主宰しています。「つかい手、つくり手」の普段は聞く事の出来ない話を交えながら、通常は行く所の出来ない場所を案内していただけます。そんなわけで、ひとりで行ってもなかなか撮れない貴重な?写真を撮ることができました。(話し聞きながらの団体行動なので、そんなうまくは撮れませんでしたが。)

高島屋東別館は見かけはひとつのビルの様ですが、大きく3度の増改築を繰り返して1937年に完成しています。(実は未完のようですが。)手の込んだ装飾や造りに当時の設計者鈴木禎次氏のこだわりと関わった方全員の熱意が見られます。映画でしか見る事ができない様な懐かしい世界に戻ったような気さえします。また地階の倉庫は地下鉄の駅と壁一枚で区切られ、列車の音が響きさらに雰囲気が盛り上がりました。

南海ビルディングも再開発で現代的に改修されていますが古いターミナルビルです。1932年建設当時の階段が今も残っているとの事で案内していただきました。防火区画の扉を隔てて「今と昔」が背中合わせになっていることに参加者の皆が驚きます。

今回の建物探訪は、こうしたイベントでしか味わえない体験をさせていただきました。特に関係の方から伺える話は時折裏話もあり、普段携わることがない建物がもっと身近になったような気がします。

日本初・建物公開イベント「オープン・アーキテクチャー」 日本初・建物一斉公開イベント|open! architecture

広い視点と狭い視点を行ったり来たり。

昨日は快晴でしたが、これからしばらく雨が続くそうです。嫌な季節です。プレゼンのひとつが一段落ついたので、昨晩は事務所のスタッフと近所の居酒屋へ。今朝はちょっと寝坊して出勤したものの、ぼ〜っとする訳にもなかなか行かず、ぼやけた頭のまま実施計画に掛かっている図面を進めているところです。が、これがなかなかどうにも思う様にまとまらず、日々悩んでいる最中です。

間取りはほぼ決まっているのですが、真壁の木造で現しになる骨組みを見せるには、ああでもないなこうでもないなと頭の中でできあがりのイメージを想像し、図面をあっちこっちに移動して描き進めています。今描き進めているのはいわゆる伏図や軸組図と言う構造図面のようなものですが、見せ場はほとんどこれで決まるので、どちらか言えば意匠図のようなものです。なので、これらがしっくり来ないので次ぎのステップにどうも進めずにいます。建物全体と部分の詳細とほぼ同時にイメージが固まらないとなんだか気持ち悪いのです。

近い内に大工さんにも見てもらいたいし、構造設計の打合せもこれからの予定なので、恥ずかしい図面も描けない。まずは自分が思う意図を伝えられるようにしないと、曖昧なままではやっぱりバツが悪いものです。そんな訳で今はぼちぼちとイメージの基礎固めなのですが、どちらか言うと卍固になっているのかも。

現場の帰り、久しぶりに世話になった和菓子屋さんへ

このところ仕事の事をまるっきり記事にしていないから、なんだか設計事務所のサイトでないような気がしてくるのだけど、それなりに仕事はしています。

震災の影響で進みの遅い現場からの帰り、久しぶりに独立すぐ仕事をさせていただいた和菓子屋さんに立ち寄った。大型ストアが近隣にできて和菓子屋さんのあった商店街はすっかり人通りが減った。食い止めようが無い様子で、たまに思い出して顔を出す度にご主人はどうしても、そんな話しや商店街の内輪の話しが止まらない。
それでも帰りがけには必ず食べ切れないくらいにお土産を渡されてしまう。今日は払いますよと言っても受け取ってもらえない。そんな気前良くできる場合では無いはずなのに、人柄の良いご夫婦の言葉についつい甘えてしまう。
ご主人は以前パソコンに奮起し、分らないことがあるたびウチに電話がかかって来ていた。しばらく連絡無かったけど、きっとご自分で頑張ってるのだろうと思っていたら、もうやってもしゃ〜ないよ。と。5年持つかどうかみたいな話しが決して冗談ではなさそうで、人通りの少ない商店街には「人」がいない時代になっていくように感じてしまう。

翌日追記 >

大日 六甲生田堂そんな寂しい話で終わらんとってよ。とヨメさんに言われた機会なので、少しでも応援。グルメサイトに登録して、和菓子屋さんへのコメントを付けた。和菓子と言うと、どんどん高級菓子しか思い出せなくなってしまうが、身近に小さな和菓子屋さんは結構あるのだ。和菓子の世界は日本の素敵な文化でもある事をみんな知っているはずなのに、その存在を危うくしてはいけない。コンビニやスーパーで済まさず和菓子屋さんへ足を運ぼう!

 

大日六甲生田堂(兵庫 三宮・元町・神戸 / )|Alike.jp